RESEARCH 佐賀大学の研究

アトピー性皮膚炎のかゆみを
引き起こすタンパク質と
その阻害物質を発見し、
新たな治療薬へ

医学部 副医学部長 分子生命科学講座分子医化学分野

出原 賢治 教授

1984年九州大学医学部卒業後、九州大学医学部附属病院や福岡逓信病院などで勤務。1991年からDNAX分子細胞生物学研究所(アメリカ)にポストドクトラルフェローとして留学。帰国後、国立遺伝学研究所や九州大学医学部に勤め、2000年に佐賀大学医学部教授に就任。

2012年アトピー性皮膚炎と深い関わりがあるペリオスチンを発見していた佐賀大学出原賢治教授は、
今回ペリオスチンとインテグリンの結合を阻害する物質CP4715を特定しました。
この画期的な発見により、アトピー性皮膚炎の治療薬の開発が大きく進むものと考えられます。

アトピー性皮膚炎の原因となる遺伝子を発見

私がアレルギーの研究を始めたのは30年くらい前になります。当時はアレルギーのことはまだよくわかっていませんでしたが、アメリカ留学で免疫学を研究していた私は、免疫と関わりのあるアレルギーをテーマに研究を続けることにしました。
佐賀大学で教授として就任したのは2000年。数々の研究を繰り返す中で、今回の発見のキーワードとなっているペリオスチンをはじめとするいくつかの物質が浮上してきました。ただ当時は、ペリオスチンについては研究も論文も何もなく、アレルギーに関与しているのかも不明でした。
暗中模索の中で続けてきた研究に、大きな変化があらわれたのは2012年です。アトピー性皮膚炎にペリオスチンが大きく関係していることが明らかになり、この結果が出たことで、以降はペリオスチンに的を絞って研究を続けることになりました。
しかしこの段階でも、ペリオスチンがアトピー性皮膚炎に関係していても、かゆみに関係しているメカニズムはまだ解明されていませんでしたし、それを止める物質もまだ見つかっていませんでした。

アトピー性皮膚炎の症状があるFADSマウスの開発で大きく前進。

激しいかゆみを〆るアトピー性皮膚炎のモデルマウス(FADSマウス)を開発
アトピー性皮膚炎の研究が難しい理由の一つは、かゆみが脳を介する高次反応であり、そのメカニズムを解明することが非常に困難だからです。その解明を可能にしたのが、2019年に発表した顔に強いかゆみを訴えるアトピー性皮膚炎のモデルマウス「FADSマウス」の開発でした。生まれつきペリオスチンを多く産生し、かゆみで顔面をひっかく特徴があるFADSマウスの開発で、困難を極めていたかゆみの原因の探求が可能になったのです。それから、研究が大きく前進しました。
佐賀大学では、研究室に配属されたら2週間の実験を体験するプログラムがありますが、当時研究室に入ってきた学生に任せたのが、意図的にペリオスチンをなくしたネズミの観察でした。「ネズミが顔をひっかくかどうか」を観察させましたが、観察結果は「ひっかかない」という意外なものでした。ペリオスチンをなくしたFADSマウスはかゆみがないようで、ひっかく行動をしなかったのです。それが、長年解明できていなかった「アトピー性皮膚炎のかゆみにペリオスチンが深く関わっている」とわかった画期的な瞬間でした。今回の一連の研究で最も驚いた研究結果は、研究を始めたばかりの一人の学生からもたらされたわけです。

かゆみのメカニズムを解明し、阻害物質を発見。

ペリオスチンは誰もが持っているタンパク質であり、通常は骨や歯を形成するのに役立っています。それがどうしてかゆみの原因になってしまうのか。過剰に作られたペリオスチンが神経の表面にあるインテグリンというたんぱく質と結合し、その刺激が神経に伝わり、神経から脳に伝わってかゆみを引き起こしていることがわかりました。その結合を防ぐのが、製薬会社で開発され、開発が中断されたことで私のもとに託された化合物CP4715でした。ペリオスチンを持つFADSマウスにCP4715を投与したところ、かゆみが改善することがわかりました。

・ペリオスチンを持っていないFADSマウスはかゆみを感じない
・ペリオスチンを持つFADSマウスにCP4715を投与すると かゆみが改善する

以上の研究結果から、FADSマウスのかゆみにペリオスチンが関わっていること、CP4715にはそれを止める効果があることが導き出されました。

新たな治療薬の開発とともに、さらなる医療の発展に期待。

アトピー性皮膚炎は強い再発性のかゆみを伴うことが大きな特徴であり、かゆみが日常生活の支障になるとともにアトピー性皮膚炎を悪化させる大きな原因ともなっています。小さな子どもから大人まで多くの患者さんが苦しみ、患者数も年々増加しています。そのかゆみの原因の究明と治療薬の開発が長年の課題となっていましたが、私たちの研究でかゆみの原因(ペリオスチン)が特定され、それを止める物質(CP4715)も判明しました。
今後、CP4715をアトピー性皮膚炎の治療薬として開発していくわけですが、水に溶けにくいという性質や全身への影響を考え、塗り薬としての開発を検討しています。製品として出回るまでにはまだいくつかのハードルがありますが、できるだけ早い開発を試みているところです。
アトピー性皮膚炎のかゆみの原因はペリオスチンだけではなく、様々な要因が考えられます。今回のCP4715がどんなアトピー性皮膚炎にも効果をあげるとは限りませんが、長年苦しんでいる患者さんに希望を届ける研究であることに間違いありません。解決策の一つとして大きな前進です。またこれを機にアトピー性皮膚炎の研究がさらに進み、本当に長い間人々を苦しめてきたアトピー性皮膚炎の治療の選択肢が広がることを期待しています。